あおの華流記

中国ドラマ感想記……というか"萌え"と"愚痴"を語る

幕間番外 鎮魂 ドラマ&原作 感想・考察 その6

 

 

 

バイ・ユー

チュー・イーロン

 

 

 

 

 

 

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ネタバレな感想なのでご注意!

結末まで感想ネタバレしてます

キャラクター生死を含めネタバレOKな方のみどうぞ

原作についても触れていますのでそちらもご了承ください

すべてのネタバレOKな人のみどうぞ

 

 

 

 

 

 

話の後半は原作とドラマではほぼ違っています。

趙雲瀾が失明したとか、父親が乗っ取られているとか、功徳筆、鎮魂灯などの事実は一致してますが、それらに纏わるエピソードも全然違います。

ドラマは完全にオリジナルで、なんなら結末も違いますので、ドラマの方は全体的に言えば原作からいくつかのエピソードではなく、アイテムをチョイスして作り替えた別物と言ってもいいかもしれません。

 

ドラマが先でも原作が先でもどちらでも構いませんが、スタートが似ているので同じだと思って進んだら全く違う話だったと言うのが正解だと思います。

 

 

ドラマを見た人の方が多いと思うので←特にこの記事を読んでいる人は

原作の終盤を説明すると、失明事件の解決も違うのですが、崑崙山の事実(本当は事実ではなかったのですが)から、趙雲瀾は記憶が戻ったというよりは手繰り寄せて太古の昔、自分が崑崙だった頃の出来事を手繰り寄せます。

沈巍は出来うる限り隠そうとしましたが、趙雲瀾は真実を知ります。

 

"太古において崑崙と鬼王(子供)は知り合い、鬼王は崑崙のあとを付いて歩くうちに彼を愛し、彼が女媧たち他の神たちと同じように消えてなくならないといけない時に鬼王は神農にお願いをした。

彼を消さないでほしい。

彼を人間と同じように輪廻の中に組み込んでほしい。

その代わりに自分が大封の見張りをして、何かあった時は命に変えてそれを守る"

 

 

 

 

 

かくして、沈巍(鬼王)は1万年の間、大封の見張りをしながらこっそりと何度も生まれ変わった趙雲瀾(崑崙)を見守ってきた。

 

しかし今回は鬼面男(夜尊)の企みで二人は近づき、守っていた4つの支柱は揺らぎ、大封が裂けかけている。

 

ここでびっくりなのが、最後の"鎮魂灯"の"灯芯"が郭長城だったことです←これはドラマも同じ

ただし、ドラマはあっさりと説明しただけでしたけど。

趙雲瀾の"血"でも代替えはできるのですが、本当の"芯"ではない。

郭長城は思えばこの子が登場してくるところから話は始まっているし、なんの取り柄もないと何度も説明があるのにメインでいる。

考えてみれば不思議な子でした。

途中からこの子を特長所に入れたのは誰なんだ?という疑問も持ち上がっていました。

この子の存在は深くて、なくてはならないものだったのです。

なんの取り柄もないと言われても、必要以上に臆病者でも、この子の優しさと善良さは誰でも納得です。

一番影響を受けたのはもちろん楚恕之です。

原作の中で彼は、途中で郭長城の功徳がものすごいことになっているのに気がつくのですけれど、その意味がわからなかった。

読んでるこちらもわからなかったのですが、その大量の功徳で灯芯を燃やし続けるみたいですね。

ドラマの説明ではよくわからなかったのですが、この辺りも詳細に説明されてます。

でも燃やすのは功徳で郭長城は無事です。

何もかもハッピーエンドで良かったですよ。

 

 

 

 

 

ドラマは感動的な展開ではありましたけど、何よりも沈巍が去ってしまうのが残念すぎる。

 

 

 

原作では──

最後に沈巍がひとりで背負い込もうとして、趙雲瀾から記憶も奪って自分が消えようとしたのです。

けれども郭長城の功徳で灯芯が灯ったので、鎮魂灯から沈巍は戻してもらえたということみたいです。

原作の方が特長所の面々も誰一人欠けることなくすべてがハピエンです。

汪徵たちも無事です。

 

 

ハピエンですけど、一人だけ拗ねて怒ってる人物が……(笑)

 

このあと番外編に続くのですが、色々と怒ってる趙雲瀾に沈巍がひたすら誤り続けるというラブラブエンドしかありませんので、確かめたい方は是非お読みください。

「申し訳ありません」「ごめんなさい」と誤り倒す沈巍がチュー・イーロンで脳内再生されて"萌え"のひと言でした(笑)

ドラマと違って原作はニヤニヤするしかないエンドなんですよ。

番外編のひとつに、昔ちょっとだけ二人が暮らしたことがある話が載っていて、過去の話なのに切なくなりました。

 

 

原作の方はこれからもこんなふうにいつも並んで一緒にいられる二人です



 

 

 

オフショットの二人も沈巍と趙雲瀾みたい

 

 

そして歌の収録の様子がやはりドラマの中のふたりみたいに沈巍が趙雲瀾を見守ってるんですよ(笑)

 

 

何度もしつこく言いますが、なぜオリジナルで作らなかったのだ?という疑問は残ります。

ドラマが素晴らしかったからです。

むしろ原作があるために、違和感とか不満が出てしまうこともあったと思います。

ある意味もったいないですよ。

 

主演の二人はすごいと思います。

ドラマを見た人はぜひとも原作の幸せな二人を読んでほしいですし、ドラマもまだの人はぜひともドラマを見てから補完の意味で原作を読んでほしい。

見てから読む!をおすすめします。

原作を読んで、ドラマを見てみようかと思ってる人は別物だと思うくらいで見てください。

主演はもちろん脇役の役者さんたちも素晴らしいです。

 

 

どちらもぜひともお楽しみください(完)

 

 


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