あおの華流記

中国ドラマ感想記……というか"萌え"と"愚痴"を語る

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『雑記ブログ』にて記事にしています

紅き真珠の詩(うた) その2

 

 

チャオ・ルースー(趙露思)

リウ・ユーニン(劉宇寧)

 

原題  珠帘玉幕 (全40話)

 

 

 

 

前回の記事はこちら↓

dramamiru.com

 

 

 

ネタバレな感想なのでご注意!

結末まで感想ネタバレしてます

キャラクター生死を含めネタバレOKな方のみどうぞ

 

 

 

 

 

真珠の取引から崔十九と争うことになった端午。

崔十九は女であることを理由に崔家で認められないので、常に認められようと必死になっている。

この崔十九とは先々もことごとく争っていく仲になるのですが、彼女は名家の生まれで嫡女でも、女というだけで庶子の兄たちよりも下に見られて悔しい思いをしています。

父親からは早く嫁げと言われ……あれ?なんかこの設定先日見たばかりの「蜀紅錦」の牛五娘とそっくり。

あちらは男がいなくて女ばかりという不幸でしたが、女というだけで──という同じ理由。

時代劇ですからね、女に厳しい世の中で虐げられる人も多い

こちらの端午は奴隷も同然、両親は死に別れで、生き抜くのにも難儀な人生でしたが、その分自由です。

親や守ってくれる後ろ盾がない分、自分でいくらでも好きな生き方はできます。

さて、どちらがいいんだか……

どちらにしろ厳しい世の中であるのには違いありません。

でも自分の生まれを嘆くよりも、その中で自分なりの生き方を見つけていくべきでは?

飛び出して生き抜くことにも精一杯な端午のような生き方をするもよし、嫁がされて自由はないと言っても、それなりにその中で楽しみを見つけることも不可能ではないはず。

要するに自分の気持ち次第だと思うのですよ。

隣の芝生ばかり羨んでいても、無いものは無いのですから。

 

 

 

 

燕子京から出される難題は命懸けのものも少なくないですが、端午はそれこそ後がない必死の思いで切り抜けます。

いろんな事件やトラブルで知り合ったひとりが馮五娘。

ただ商隊の性質上、一ヶ所にいられるわけではないので彼女とも親しくなってもお別れです。

燕子京は生き別れの妹の消息の噂を知り、船から下りてキャラバンで進みます。

舞台は陸上へ。

 

 

 

 

 

たどり着いたところで越雲岫と出会います。

燕子京が子供の頃に妹に作ってあげた玉佩を持っていたので妹ではないかと彼女の結婚を阻もうとしたのですが、娘を金持ちに嫁がせようとしてる養父を問い詰めたら、その玉佩は拾いもので、持ち主は死んだということです。

落ち込む燕子京を慰める端午。

二人の距離はかなり近づいてます。

養父の企みで手をダメにされそうになった越雲岫を助けます。

越雲岫は玉を彫る特技を持っていて、手は誰よりも大事。

彼女は町を去る端午に一緒に付いて行きたいと申し出て受け入れられます。

 

 

 

 

最初から何かと端午を助けてる張晋然。

彼は端午が好きで、なんとか力になりたいし、危ないことはやめてほしいと思ってる。

端午はそんな彼に感謝しながらも、あなたとは身分が違うし、考え方が違うとはっきり告げます。

空気が読めずに真綿で包んだような優しいことを言うお坊ちゃんなんだけど、端午は子供の頃から生きるか死ぬか、目の前のことをこなせないなら即アウトと言われる生活をしてたんだから、互いに理解などできるはずもない。

そういう意味では燕子京と端午は似たような育ちだし、実は仇も同じ相手。

 

 

 

 

 

はじめから相手にならない張晋然。

でもこの人、いい人なんだよね。

闇落ちするような人じゃないし、正直すぎる誠実な人。

振り払われても端午のためにできることを探すような人です。

 

 

(続)

 

 

 

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